一匹の猫がおりました。
猫はとても、とても幸せな猫でした。
猫を縛るものは何もなく、
何も持ってはいなかったけれど、
猫は「自由」を持っていたのです。
星の綺麗な夜には、猫は川べりを散歩しながら、星たちと語りました。
空の綺麗な日には、木陰で雲の流れる様子をいつまでも眺めていました。
あるとき、猫はひとひらの羽を見つけました。
おおきな 白い羽でした。
転々と落ちている羽に導かれるまま
猫は広場へゆきました。
広場にはたくさんの羽が落ちていました。
そして、羽と同じ色をした白い猫がおりました。
白い猫は、彼を見つけるとにっこりと笑いました。
「こんにちは。灰色の猫さん」
白い猫は言いました。
「こんにちは。白い猫さん」
猫は言いました。
猫はすぐに、この白い猫が好きになりました。
「僕は自由な猫なんだよ」
猫は言いました。
「そう……」
白い猫は、笑顔でそう言いました。
「僕はとても幸せな猫なんだ」
猫はいかに自分が幸せなのかを語りました。
何者にも縛られず、何も持たず、自由だけを持っていると。
白い猫は、そのたびに静かに「そう……」と呟くのでした。
「僕は幸せな猫なんだ」
猫は、少し怒ったように言いました。
白い猫は少し首をかしげていいました。
「幸せってなあに?」
「幸せってのは、自由ってことさ。何にも縛られずに自由でいることさ」
「そう……」
猫は少しだけ不安になりました。
『幸せって何だろう』
猫は生まれてからずっと、ひとりぼっちでした。
猫は、ひとりで生きていく方法をすぐに覚えました。
あるとき、猫は人間に拾われました。エサも寝床も心配する必要なく、
穏やかに過ごしていましたが、
人間の子供がひとりおりました。
あるとき、いつものように人間の子供は猫のしっぽと戯れ、
ころりころりと転がっておりました。
突然、猫の右目に激痛がはしりました。
子供の指が右目に入ったのです。
猫はたまらず子供の顔をひっかきました。
そして、猫は再び一人になっていました。
目はしくしくと痛み、猫はうろうろと町を彷徨いました。
右目はもう何も見えなくなっていました。
そして……
「うわ、なんだこの汚い猫」
「おい、これこれ」
そう人間は言いました。
猫は必死で叫びました。
人間たちはずっと笑っていました。
ふと、気付くと白い猫はもういませんでした。
「あぁ……」
猫は呟くと、左の目で空を見上げました。
空は綺麗な月夜でした。
息も凍るほど冷たい空気の中、猫は地面に倒れたまま、にっこりと笑いました。
一匹の猫がおりました。
とても可哀想な猫がおりました。
猫はずっと「自由」を持っていました。
ずっと、ひとりぼっちでした。
優しい手は、猫にはとても遠いものだったのです。